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shigusa_t’s diary

当たり前の疑問を口に出せる人になりたい。

同性婚問題と婚姻のかたちについて

なぜ前回の記事を書いたかというと、「LGBTの先」を論じた記事があったから。

『LGBTの次は「ポリアモリー」』とのこと。まあ「多様な愛の形」から考えるとそうなるわな… - 見えない道場本舗

あとはこのあたりのやりとりも同じトピック。

タブーとは何か。 - Togetterまとめ
【アメリカ】同性婚認めたから「一夫多妻も認めろ」と結婚届提出 ~コリア-さんらは、拒否された場合は訴訟を起こす構え [H27/7/4] : アメリカンニュースログブログ

いくつかある論点を箇条書きすると以下。

同姓婚が許容されるなら:

  1. 一夫多妻制、一妻多夫制も許されるべきではないか
  2. 重婚も許されるべきではないか
  3. 近親婚も許されるべきではないか
  4. 低年齢での結婚も許されるべきではないか
  5. 人間以外との結婚も許されるべきではないか

というような問題提起。全く考えたことがなかったので結構な衝撃を受けた。
前回の記事を鑑みて正確に言うと、「LGBTの先」というより「同性婚の先」の話。
こうしたものも同性婚と同様に許されるべきかどうか。

結論から言うと、同性婚が許容されるという前提なら、3までは許されてしまうと思う。
4と5については「成熟した意思を持った主体の相互の同意」という前提が崩れるので棄却できそうだ。

例のごとく個人としては上の5つのどの結婚の形も志向できそうにないけど、なるべくフェアな視点からこれら全てについて考察していく。

同性婚に関する自分の考え

同性婚に関しての自分の立場を要約しておくと、

  • 同性が支えあって暮らしていく構図は認められるべき
  • 法律や諸制度をすぐに変えるのは困難なので、過渡期の対応のために別制度で吸収する必要はあるかもしれない
  • 最終的には結婚というラベルを獲得できるとよいと思う

  • 同性が子供を持つことは機能不全な家庭が生じてしまう懸念から個人の感情としてはおすすめしにくい

  • 子供を幸せにできる目算がきちんと立っているならOK
  • 最終的には社会的理解や同性により子育ての仕方が確立されて一般的になればいいと思う

という感じ。理想論としては全肯定されるべきだと考えている。
子供を持つことについては、前記事でも述べたようにLGBTの権利とは別軸で安易には祝福できないんだけど、これは本題とは関係ないので脇に置く。
比較対象をあまり知らないのでなんとも言えないが、いろいろ留保があるぶん考え方としては保守的な方なのかもしれない。

これを踏まえて、上記5項目について考えていく。

一夫多妻、一妻多夫や重婚について(1と2)

これについては、生物としてのあり方という意味では同性婚よりも自然ですらある。
子孫を残すためには少なくとも男女の交配が必要で、これは複数人による婚姻であっても問題無く満たすことができる。
子育ての面でも、一人の子供に対してより手厚く支援ができる。経済的にも合理的だ。(相続的には合理的でないかもしれないが)

問題があるとすれば、一対多の関係の一にあたる側が、多に対して十分に愛情や関心を注ぎきちんと養えるのかという問題。
それだけキャパシティのある人がなかなかいないということなんだけど、もし実際に存在するなら特に止める必要はない。
多側を結婚で拘束したままろくに相手もせず放置というのが最悪のシナリオにはなるが、法が発達している現在ではそうなれば相応の対処ができそうだ。

結婚の形を一組の男女に限らないとするのであれば、これは認められて然るべきなんじゃないかと思う。もちろん全員の合意のもとでの話ではあるが。
「一組の男女」という制約の中で、旧習に囚われていて合理性を欠くのは「男女」よりもむしろ「一組」なのではないかと思うのだけど、どうだろうか。

ただまあ双方がこれを望むケースが十分な数出てこないことには議論の俎上に上げられないし、多側からの需要がどれだけあるかは疑問だ。
この形にこだわる人が十分な数出てこなければ現状維持でずるずる行ってしまう気はする。しかし、突き詰めていけばいつかは成立する考え方だろう。

近親婚について(3)

近親交配の可否については遺伝学的な理由付けが必要で、専門的な知識がないと論じられないように思う。
ここでは仮に近親交配自体は有害であり忌避されるべきものと考える。(あくまで仮定であって事実は定かではない)

そういう仮定をおいたとしても、同性婚の例にならうと、近親交配の問題と近親婚の成立はまた別という見方ができる。
つまり、子供を持てるかは別として、愛しあう二人なら結婚自体は可能であろう、という枠組みに近親婚も組み込むことができる。
こうすると構図的には同性婚と全く同じになり、当事者がお互い望んでさえいれば近親婚だけ不可とする理由はない。

子供についても、同性婚が養子をとったり精子提供や代理出産で持つことができるとするのであれば、近親婚にも同じことが言えてしまう。
結婚だけ兄弟や親子で行い、子供は性交渉とは別の形で得れば遺伝学的な問題はなくなる。

X親等以内で結婚可否が決まるという不統一な基準が世界中に散在していたのは今までも結構怪しいところがあった。
恐らく理屈付けとしては血の近さによる遺伝の問題が主となっているはずなので、子供の持ち方さえ工夫すれば通用しなくなるのではないだろうか。

成立可能とするために必要なロジックが同性婚と全く同じであるという点で、一夫多妻問題より現状の世界の問題意識に触れやすいかもしれない。
こちらも声を上げる人の少なさによって定着するまでに時間がかかるかもしれないが、いつかは認められることのように思う。

低年齢での結婚について(4)

これは二つの観点で問題がある。
ひとつは幼さゆえに十分な責任能力がないこと。もう一つは子供を持つことまで考えると母体への負担と育児能力の面で問題が生じること。

言い換えると、精神的に早熟していて、金銭的に子供を養える状態にある男児なら結婚してもよいということになるのかもしれない。
しかしこれは極論であって、社会的には画一な精神的および身体的成熟の基準を設ける必要があり、それが現在の民法上の結婚可能年齢ということなんだろう。
このような理由で結婚に年齢制限をつけることには基本的に賛成する。

ただ、現在日本において男女の結婚可能年齢が異なること、およびそれが成人の基準年齢と食い違っていることが適切かどうかは議論の余地があるかもしれない。
女性のほうが精神的に早熟だというのは感覚的にはよくわかるが、現在の男女平等が叫ばれる社会でここに年齢差をつけっぱなしというのはどうにも違和感がある。

人間以外との結婚について(5)

これは5つのうちで最も個人的に理解しにくいのだけど、冗談の類ではなく動物や無機物の類との結婚を主張するケースもあるらしい。
人間でない側には人間と同等の意思がないと考えるなら、双方の合意が成り立っていないので棄却できると考えてよいと思う。

私はこの動物(物体)と一生寄り添っていくのだと表明することは個人の自由なので、その範囲で行えばいいのではないだろうか。

同姓婚を認めることの意味

合理性とは別のところでなんとなく成り立っていた文化というのはいくつもあるが、それを合理性で切り開くことはパンドラの箱を開けるようなものである。
私はどちらかというと希望が詰まった箱があるなら開けるべきだという考え方を持っているが、開けたからにはそれによって降りかかる災厄にも向き合うべきだとも考えている。

同姓婚という形を認めることは、実質的には「これから社会として婚姻のタブーを切り崩していきますよ」という意思表示に他ならないのだと思う。
その過程で、結婚の形は一組の男女に限るとしてきた制約を取り払う。これはすなわち、その他全ての例外をまとめて相手取ることにつながっていく。

マイノリティ問題を解決するにあたっては公平性を錦の御旗にして旧制度を切り崩していく必要があるわけだけど、その際に声の大きい勢力ばかりに囚われるとまた新たなマイノリティを生むことになる。それはロジックの破綻にも繋がる。

マジョリティを相手にするのは簡単で、一番目立つ存在を均質化して相手にすればそれで済む。 マイノリティ問題ではそれができないから難しい。どういう人々が補集合の中に点在していて、どのような現実に生きているのかを把握することは多数を見るよりも圧倒的に困難だ。

頭を柔らかくして、なるべく多くの種類の抑圧を想定して、それらに統一的な基準で答えを出していかなければいけない。
今回取り上げた5つのケースを想定しただけでも、それは随分時間のかかる仕事だし、相応の覚悟がいるのだなということがよくわかった。