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shigusa_t’s diary

当たり前の疑問を口に出せる人になりたい。

親指に熱湯をかけてしまって軽いやけどをした。
水ぶくれになる程度の深さはあるけど、大きさがせいぜい一円玉の半分程度なのでまあ取るに足らない軽症だ。

怪我の程度としてはなんてことはないんだけど、これがまた集中を阻害する。こんなちっぽけな面積の皮膚が、絶え間なく頭に痛覚を送り込んでくる。
わかってるから。別に知らせなくていいから。損傷したのは気づいてるし対処の仕方も理解してるし、2週間ぐらいかけて水泡が膨れてちぢんで剥がれて綺麗な皮膚に戻るのも知ってるから、そのシグナル送信をやめてくれと言いたくなる。不要な痛覚がマニュアル操作で切れたら人類の総幸福量はずいぶん上がるんじゃないかとか、くだらないことを考え始める。

自分は生まれてこの方特に大病をしたこともなくずっと健康体なんだけど、これは普段意識こそしていないが貴重な財産であり、相対的に見るととても幸せなことなんだろうなと思う。
今自分を苛むこの痛覚が、冷やせば治まる指一本からではなく、体中から絶え間なく不可避なものとして送られてくる状態を考えるとぞっとする。
しかしそれは決して架空の痛みではなくて、現実に病床に横たわるどこかの誰かが甘受している痛みに他ならない。そして、自分がいずれそうならないとも限らない。
このちっぽけな痛みで思考が乱されるんだから、全身からこれが飛んできたら自分はごく簡単に狂うことだろう。

ジョブズは有名な講演で「自分が明日死ぬなら今どうするかを考えることが大事だ」と語り、そこからさほど期間をおかずに実際大病で死んでしまった。
明日死ぬという低確率な仮定のもとに意思決定するのはナンセンスだと思うので、彼の後追いをするつもりはない。
まあでももう少しスパンを伸ばして5年10年としてみると、自分の体に何かガタがきて、思考活動すらおぼつかなくなる可能性というのは無視できるほど低くはないんだな、と思った。

ブログを書き始めて分かったけど、自分はものを考えることが好きだ。そして今、その考えることを、限られた余暇の時間とはいえ高い自由度で快適に行える環境を持っている。そういう意味ではかなり理想的な状況にある。
この小さな幸せが何か逃れようのないものによって奪われてしまう前に、悔いを残さないようにやれるだけのことをやっておきたい。